あれはモラハラか

 

男友達、というものは確かに良いものだけど選ばなきゃだめ。それは男女問わず言えることだけれど。

 

 

 

A君とB君と私で社会人になってから再会し、仲良くなった。もともとサークル仲間で私はなんとなく好感を持っている2人だった。

A君はなぜか私を慕ってくれる後輩で、私に相談をすることが多かった。B君についてはなんとなくもっと仲良くなれるよーな感覚があった。A君がよくB君と会ってるというから、じゃあ次は私にも声をかけてよ、と言ったら誘ってくれて、そこから3人で遊ぶよーになった。

 

 

 

私に下心はなかった。とは言い切れない。B君のことは気に入っていたから友達だけど付き合っても良いかなって思う相手だった。まぁA君については絶対付き合わないと思える友達だった。A君も願い下げって言うと思うけど。

 

 

 

A君もB君も一緒にいて楽しかったはずだけど、3回目のお泊まりで関係がおかしくなって(「これまで俺らは気を使って我慢してたんだ、だから言わせてもらう」って表現してたけど)一緒にいるのが辛くなった。

 

 

 

3人で飲んでるところに友達を呼んで、私を馬鹿にする発言をして盛り上がったり。私についての批判を2人で繰り返しされたりした。ここがだめ、あれがだめ、だからお前はだめなんだ。

 

 

 

そうなってくると、私も落ち込む。落ち込むと「落ち込むな」と責められる。こんな俺らに言われたことなんて気にしないで良いんだ、と言われる……俺なんて二浪してる、俺なんて休職してる、俺なんて就職留年してる、……だから気にするな。確かに私は彼らが浪人した大学にストレートで入学し、留年もせず、無事に希望の職場に就職して働いていた。でも、私はそんなところで自分のほうが価値があるなんて思ってなかったし、友達からそんなにいろいろ否定されたら普通に落ち込むのだった。

 

 

 

責められた内容に対して「〜〜しないようにするね」と返すと、「そうじゃないんだよね」「なにも考えてないでしょ」と返される。そしてまたくどくど言われる。

 

 

 

休職のA君は、当時、上司からのパワハラ(と自分では表現していた)による精神障害で会社を休職していた。いま思うと、上司から言われてたことを私に言っていたのかもしれない。異常な責め方だった。B君も便乗していたけれど。

 

 

 

混乱した。一緒にいたくないと思ったり、どう言葉を返せば良いのか分からなくなったりしたので、これはまずいと思って逃げ帰ろうかと思ったけれどもう終電がない時間になった。

 

 

 

無言で足早に宿に帰る。3人でスタスタ歩く。そのあいだもずっと2人からはなんだかんだと責められて、「ごめん、でも(言われたことに対して)なんて言ったら良いか分からない」と言ったら「なんて言ったら良いか分からなくて無言になるの?それは精神障害じゃん。病院行けよ」と言われて泣きそうになった。いまは向こうがおかしいって分かる、言い返さない私への甘えだって分かる。でもそのときは混乱してわかんなかった、私ってどうしてこんなにおかしいって言われる人なんだろう。と思った。

 

 

 

書いていて改めて気付くけれど、やっぱり向こう2人がおかしい。でも2対1だったから気付かず、傷ついてしまった。付き合う友人は選ばないとこういうことになる。

 

 

 

いまでは2人とも精神障害持ちになってしまって、働いていない。もしかしたらあのときにすでに2人とも精神障害をもっていたのでは?と思う。(片方はその頃すでに診断を受けて休職中だった。)

 

 

 

宿で2人が少し落ち着いて、私の機嫌をとってきたから、私も少しほっとした。この空気だったら眠れる。3人で1つの部屋で眠った。

 

 

 

翌日バーベキューでまた知り合いを呼び、私を馬鹿にする。私もヘラヘラしていたけど、その呼んだ知り合いがフォローしてくれたり庇ってくれたりして「やっぱりちょっと、いじりにしてはきついんだよなー」と思った。

 

 

 

「昨日の夜はどうなるかと思ったよ、お前が怒るから。なんであんな怒ってたの?」と言われたので、びっくりしつつ「ごめんねえ」とヘラヘラしてた。そしたら「あなた悪くないんじゃない?」とB君の友人がかばってくれてほっとした。

 

 

 

あれはモラハラだったな、と思う。友人関係の中でも起こりうるんだ。

 

 

 

あー、辛かった。

 

 

 

もう2人とは関係を持っていないけれど、片方のSNSを見たときに「あ、死にそうだな」と思ったときがあって思わず連絡しそうになった。でもツイッタージャパンに連絡するだけにしておいた。彼を守ってください。それはツイッタージャパンと彼の家族にお願いしよう。実は私も彼を守る1人になりたいと願った時期もある。恥ずかしながらモラハラを受ける直前と直後にはそう思っていたんだけれど、それは彼から断られているので。

 

 

 

さようなら。私ったらまたつまらぬ人に時間を使ってしまった。

 

 

 

死んでいなくて良かった

 

死にそうなっていた友達を思い出す。

 

 

 

中学校時代からの親友。全然会えていないけれど、結婚式にはきてほしいなと思うような存在。

 

 

高校も一緒だったけれど、鬱病だったので少し大変そうなところもあった。体力面とかにも影響あるんじゃないかなと思った。仲良しの4人で自転車で高校まで通っていたのだけれど、坂道を登りきる前に体力が尽きて自転車から降りようとしちゃうことがあったから。(あたしたち3人は自転車にのったまま無事に登りきる。)

 

 

 

大学に入って、その子とあたしはそれぞれ違う大学に入った。あたしは大学がすっごく楽しくて楽しくて、いろいろ疎かになっていた。部屋の片付けとか家事とかそんなの二の次で、きらっきらの仲間と大学、環境に夢中になっていつも外にいた。

 

 

 

そんなとき、電話がよくかかってきてた。最初は出たんだけど、忙しいときに出なかった。繰り返しかかってきてたけど、そのとき、ああ、ほんとに意地悪だけど「それどころじゃない」って思って無視しちゃった。大学生活を優先してしまった。

 

 

 

そしたら、その子は首をつって病院に運ばれていた。

 

 

 

ふとしたときにその子のブログを読んだら、首をつったことも病院で目が覚めたこともすごく頭が痛いこともいろいろ書いてあった。

 

 

 

あたしはとんでもないことをしてしまったと思った。あたしが電話を取らなかったから???話を聞いてあげれば良かった、私、どうして電話をとらなかったんだろう。

 

 

 

急いで、その子に電話をかけたら、その子は私に電話をかけたことを忘れていたみたいだった。「え?電話?なんのこと?…覚えてなくてごめんね」と言っていた。

 

 

 

もしかしたら記憶が曖昧なのかもしれないし、気を遣ってくれたのかもしれないし、その子にとってあたしに電話をかけたことなんて自殺の示唆とはなにも関係ない取るに足らないことだったのかも、とも思う。

 

 

 

そうなのかな。でもごめん。時期が重なっていたはずだと思う。私への電話が増えた時期と、ブログでたどる自殺の時期が。

 

 

 

その子は大学中退してほかの学校に通って無事に卒業して、仕事したりしなかったりしながら生きてる。生きててくれ。会えていないけれど、またいつでも会えると思っているから会わずにいられるんだよ。

 

 

 

 

「死」への恐怖

 

助けてくれ、と思う。夜にゴォーっと押し寄せる死への恐怖が止まらないのだ。

 

 

 

インターネットに頼る。人は死んだらどうなるのか、死後の世界、死への恐怖、臨床体験、前世の記憶、神さま。幽霊、事故物件。眠ることに似ている、痛くない、こわくない。歴史上のあの人も有名なこの人も死ぬことをこわがっている。

 

 

 

 

死後の世界なんてないんですよそうです頭が良い人がそれに気付くのです死にそうになった人がみるという美しい世界あれは脳が見せている幻なんですよ脳が死ぬことを恐れないように見せているんですよ全部論理的な説明がつきます

 

 

 

 

なんて恐ろしい。そんなことを読みたいんじゃない。

インターネットが私を救ってくれない。

 

 

 

 

私という概念が消えてなくなって世界が続いていく。私が消え落ちることへの恐怖、なにも考えられないなんて???なにも???なんにも考えられないの???私がいないの???そんな、そんな、そんなに恐ろしいことがあるのか。

 

 

 

恐ろしいことすら分からなくなるなんて。

 

 

 

私が生まれる前の記憶を思い出せない。それも、意識がないことの証明のようでこわくなってきた。脳内の私が喘ぐ。

 

 

 

 

助けてくれ!!!

 

 

 

 

漠然と神さまはいるのだと思っている。それは幼稚園の頃の教育によるもの(キリスト教の幼稚園に通っていた)だ。私は信じている。神さま、それぞれに信じる神さまはいらっしゃる。そばにいてくださる。見ていてくださる。

 

 

 

 

でも、果たして、死んだらどうなるのかは分からない。

 

 

 

 

この恐怖の始まりは、動画アプリでギロチンについての豆知識を聞いて(観て)しまったせいだ。そこからギロチンについてインターネットで調べ、死後の意識についてまで気持ちが向かい、インターネットに助けを求めたのだった。

 

 

 

 

インターネットにはなんでも載っているはずという期待があった。

 

 

 

 

でも、死後の世界についてはなんにも分からなかった。お坊さんの言葉も宗教のお話も大切だけれど、セラピストの方の力も、信じるけれど、それだけじゃ納得できなかった。信じてる。こわい。信じてる。亡くなったおじいちゃんもおばあちゃんももうなんにもなくなって消えているなんて思えない。はい終わり、なんてことないでしょう。この感覚が嘘だと思えない。そう思えている私が証明の根拠。でも、もっと安心したい。

 

 

 

 

本に救いを求めた。いま、焦るように眼球が動く。お願い、お願い、助けて、助けて、と思いながら眼球が動いて文字をさらう。溺れるように文字を掴むもんだから、何度も戻って読み返す。ああ。助けてくれそうな光を感じて。

 

 

 

 

 

 

教え子が死ぬかもしれない大病を患っている。

昨年、教え子が教育現場での事故で亡くなった。

友人が死のうとしていた。

 

 

 

 

そういえば、友人が自殺未遂をした。

 

 

 

そういえば、教え子が手首を切ろうとした。

 

 

 

そういえば、教え子が家の窓から飛び降りた。

 

 

 

 

始まりはギロチンだったはずなのに、もうギロチンのことは考えていないのに、その代わりに身近な「死」が私に押し寄せてくる。死について考えさせようとする。

 

 

 

助けてほしくて本をめくる。

 

 

 

 

 

助けてくれ。救われたい。

私を救ってくれ。お願い。

 

 

 

炭酸とか、よく冷えたヤツ

今週のお題「家で飲む」

 

 

いま、弟と2人暮らしをしている。楽しい。

ただただ一緒の家の中にいるだけ(弟は基本的に自分の部屋の中にいて、用があるとこちらにやってくる程度)なのに嬉しい。

たまにご飯を一緒に食べるとものすごく美味しい。もう1人で暮らしたくないな、と思う。

 

 

あたしたちはお酒を飲めるし、まあまあ好きだけれど、暑くてイライラしたり何かカツを入れたかったりするような日にはお酒ではなくて炭酸飲料を飲む。

 

 

この前はオランジーナをのんだ。

クゥ!しみるねぇ!!!

となった。おいしかった。

 

 

あたしは弟がいて幸せだ。

家にいるのが前よりももっと好きになった。

家でのむのはお酒じゃなくていい、炭酸でじゅうぶん。よく冷えた水でもお茶でもいい。

弟とのむのが嬉しくて美味しい。

 

 

会話の違和感

 

私のぼけに笑ってくれないとか(笑)まぁそれは……私がつまらないぼけを言った可能性もあるから……良いとして、通じない気持ちがちょこちょこあった。

 

12月24日と25日、会うことになってなんだか会話が噛み合わないなと思っていたら向こうは泊まりを想定していなかった。とか。

(私はもちろんお泊まりだと思っていたんだけど……)

 

お水が3種類ある(フレーバーウォーター)カフェに入って

(お水を私がとりに行こうと思って)

「どれが良い?」と聞くと

「ミントかな」と。

「はーい」と答えると彼も立とうとするので

「いいよ、私とりにいくから」と制すると

「僕はカバン見ておくから、お願いします」

と言われて。ああ、意図が伝わっていなかったのねと思ったり。

 

将来が不安だ、とラインで話したことがあったので会った時にその話になったんだけども彼から

「将来が不安ってどういうこと?働きたくないってこと?」

と言われて驚いて

「違うよ!選考に落ちたら悲しいとかどうしようとか、進路どうしようかなとか、そういうことだよ」

と言ったら、まず、選考って言葉を知らなくて。そこから説明して。

 

もうやだった……説明するのが疲れた

ほかにも色々あった、話す量とか会話の頻度とかやっと言った言葉を鼻で笑われたりとかそういうのが積もり積もってもう距離を置きたくて

 

距離を置いたあとも色々違和感があったんだけど、もうそれは、、もういいか

 

もう別れちゃったからね、もう他人なので

 

 

 

 

前職の話をするとそのあとの精神面が良くない

 

精神面が良くないときに前職の話をするからなんとなく落ち込むのか、前職の話をすると無条件で落ち込むのか、どっちなんだろ。

 

 

幸せな思い出も楽しい記憶もたくさんある。

 

 

その一方で嫌な記憶もある。

 

 

幸せになることを自分に許そうと思う。知ったからこそどうにかしなきゃともがかなくても良い。苦しんだからこそ、苦しみ続けなくても良い。頑張ってきたことを誇りに思ってくれ。その場その場で一生懸命生きてきたことを忘れないでくれ。

 

 

幸せになってくれ。私。

 

 

 

あたしの先輩

大学三年生の頃、新卒枠としてガツガツ就活してた。だって大学の同期、周囲がそんな感じだったから。早稲女としてその名に恥じぬよう、そんな思いしかなくて、大手マスコミ、キー局ばっかり書類出して、書類はなんだかんだでちゃんと通るんだけども(だってしっかり書いていたし)面接でいつのまにかお祈りされてる(だって……話す時間なんてもらえない、30秒でどうやって相手を魅せるかの面接だった)。

 

 

迷走していたあの頃よりは今のほうがちゃんと出来てる。就活。まぁそれはおいといて。

 

 

そんな大学3年のあたしにとってのアイドルは、同じ研究室の先輩(男)だった。おもしろくて、まぁ多少は下品で、男の子って感じのノリをひたすら引きずってて、でも動画編集がすごく上手で、こだわり強くて、話してて楽しくて、かっこよかった。ファンだった。そんな先輩はテレビ局を受けて、キー局に最終選考で落ちちゃって、結局違う分野だけど有名な会社に就職して、海外に行って、いま映画作ってる。

 

 

正直、あたしがマスコミを受けていたのって、まあ両親がテレビ局勤務なのは多少なりとも影響あるとは思うけれど、それ以上にそのアイドルの影響がものすっごく大きいんだと思う。好きなものに影響されるタイプなので。結局、最後は自分で、自分の経験から将来を決められたけど。

 

 

アイドルからはテレビ局の就活についてのアドバイスとして、「目立ったもん勝ち」と言われた。アイドルは面接前に武者震いするくらいの自信家で、言うことは的を得ていてかっこよかった。倍率なんて、自分が受かるか落ちるかだけなんだから、いつだって2倍だと教えてくれた。ものっすごい人たち、しかもなんだかキラキラしている人たちの中に放り込まれたような感覚で就活をしていたあたしは、そんなふうに考えられるアイドルのことをまたさらに好きになってしまった。

 

 

キー局のひとつを一次面接で落ちてしまった私は、アイドルに教えてもらったように、印象に残るような自己紹介を考えた。余談だけれど、なんと、一年後かそれくらいにそれとそっくりな内容をテレビCMに使われた。どれくらいそっくりだったかっていうと、それを練習でやってみせた友人からラインがくるくらい。食品と就活をからめたCMで、ああ、あたしだと思った。

 

 

さて。

 

 

おじさんたちに笑ってもらえるくらい、驚かれるくらい、私の自己紹介はすごくキャッチーだったけれど、結局最終面接で落とされたり、たとえ笑ってもらえてたとしても落とされたり、「テレビ局で良いのかなぁ、でも内定もらえたらかっこ良いし」「アイドルに認めてもらいたい」という理由で受けているあたしでは受からないものだってことがわかった。

 

 

それで、落ちつつ、内定がほしくてほしくて焦っていたあたしは、人一倍焦っている自信があった。なぜなら、実は、アイドルと約束していたのだ。内定もらえたらデートしてくれるって!!!!!

 

 

アイドルはアイドルだから、付き合うなんて到底考えられるものでは無かったんだけど、デートはしたかった。それで、思い切って誘って、就職先決定を条件にデートしてもらえることになった。

 

 

でも、1年かけてやっと就職先を決めて、やっと、やっとデートして、アイドルとはデートするもんじゃないってことが分かった。なんだか緊張するし、楽しくなくて、私が楽しくないことがアイドルにも伝わっちゃってて、悪いなと思った。そのあとはなんとなく一緒にいたり、いなかったりして、あたしも彼氏が出来たり向こうは海外に行ってしまったりして、あーあ、疎遠になって、いま。

 

 

先述したように、いま、アイドルは映画をつくってる。その才能、すっごくかっこいい。でも、あの人はもうあたしのアイドルじゃない。すっごく、すっごくかっこいいけど。アイドルから卒業できたあたしだってあの頃よりはかっこいいでしょ、またアイドルに会いたいな。

 

 

今週のお題「アイドルをつづる」