大事な感情はいつも遅れてやってくる

 

、ような気がする。

悲しくて、しくしくしている。

なんだろうなこの気持ちは、と思っていたけれど、「消費されて悲しい、傷ついた」というような気持ちだと思う。

 

 

 

金曜日に失恋をした相手には、本日、月曜日に失望してしまった。でもこれは勝手に期待した結果なのか、傷付いて然るべき対応をされたのか、分からなかった。でもしばらく考えて、友達とも話して、私は相手からしっかり傷つけられたことが分かった。

 

 

 

私には甘えられる場所が無かっただけで、守られていたり許されていたりすれば、私は泣いていたと思う。

 

 

 

こんなことをぐるぐる考えていたのにはもちろん訳がある。

 

 

 

先日、飲み会にて、私はある酩酊した男性から服の中に手を入れられてしまった。こう書くと激しい内容だけれど、タートルネックの上から、背中に手を入れられた。ヒヤッとした手を無邪気に(どんな気持ちで入れられたのか分からない)、私がびっくりして小さく叫んでもなお深く入れられて、私は動揺して、その手を爬虫類か何かかと思った。というのは冗談で、爬虫類じゃなくて、ちゃんとした人間の手として感じてびっくりした。ちゃんと背中で五本の指を感じてしまって、焦って、引っこ抜いた。

 

 

 

もうやらないよ、と言いつつ、油断していたらもう一回やられたり、腕を組まれたり、しっちゃかめっちゃかだった。今思うと。

 

 

 

その男性は酩酊して子供に戻っちゃっていて、帰りたくないようで、ずっと道路をウロウロしていた。

 

 

 

その男性を、私と同僚とで助けてあげて、私たちはやっと帰路についた。

 

 

 

同僚は月曜日にそれを、私のことも含めてネタとして話した。それで私は、なんだか傷付いてしまった。

 

 

 

 

ただただ、消費されていたのかなと思った。

 

 

 

 

同僚とふたりでその男性を無事に帰して、なんとなくひと仕事終えて仲良くなったような気がしていたのに、仲間意識さえ芽生えていて、それなのに、私がその話を職場でされるのを拒否したのにも関わらず、その同僚がみーんなの前でその話をしてしまったから、私はとっても落ち込んだのだった。

 

 

 

 

その同僚が、私に対して「悪いことしたなぁと思ったけど、寝て、覚めてみたら、おもしろかった」と言ったからだろうか。

 

 

 

 

 

友達に話したら安心した。私はやっぱりおかしなことをされていたな、と思った。そして、やっぱり、みんなの前で話されるのも嫌だった。

 

 

 

 

 

セクハラもパワハラも、ダメだよ絶対。

私は辛いなぁと思う。みんなが私にそういうことがあった、って知っている場所に行きたくない。

 

 

 

 

 

 

仕事に行きたくないな。

 

 

友達が入籍した日に私は失恋をしている

 

お友達、幼なじみと言っても良いかもしれない、そんな友達の結婚をインスタグラムで知った。

これ、なんで報告してくれなかったかって、おそらくコロナ禍で会うのを断ったことが尾を引いているんだと思う。

大人になってからも些細な食い違いで嫌な喧嘩になってしまったことがあったけれど、それでもなんやかんやで定期的に連絡を取っていたのに、まさか入籍したことについてラインをもらえないなんて、ちょっとショックを受けている。

まあ、そういうことはある。私も、もういいやとかちょっと違うなとか思った人に対して、連絡しなかったり疎遠になってしまったり、そういうことはある。彼女にとっての私がそうなってしまったんだろうし、私が入籍したとして彼女にきちんと報告するかどうかは正直分からないよなと思った。

 

 

なんとなく気持ちが落ち込むのは、このことだけが原因ではなくて、私が失恋をしたからだと思う。

 

 

4月に出会って、しばらく気になっていて、でも彼女いそうだなと思っていて。やっぱり彼女がいた、あーあ、やっぱりね。でも気になるのは続いていて、でも、その気になる気持ちもちょっとずつ薄れてきていたのに。

 

 

ちょっと近くで飲んでいるからと呼ばれて、なんとなく楽しくお酒のんだり喋ったりしていたら、あーあ、あーあ、好きになってしまったようだった。でもやっぱりその人には彼女がいるから、好きになった時点で失恋が確定しているのだった。ということで、そういうことに気付いたいま、ちょっと泣きそうになりながらこの文章を書いている。

 

 

たったいま、好きだと思って、たったいま、失恋をしたということです。

 

 

本当は何か、動画でも観てこの気持ちを誤魔化そうとしていたのに、ずっと色々お互いのことをなんやかんやで報告しあってきたはずの友達が入籍なんてしちゃってたもんだから、なんだか堪らなくなって文章を書いてしまった。

 

 

 

ああ、失恋をしてしまった。

 

 

 

入籍したり結婚したり、みんな少しずつ誰かと関係を深めていっているのに、私はまだ失恋をしたりしているのだ。

 

 

 

 

失恋をすると本当に綺麗になれるんだろうか。

綺麗になるきっかけをもらえるだけで、そのままじゃ綺麗にはなれないんだよね。そうだよね。

 

 

 

 

昔、とは言ってももう大人だった頃、大人になって2〜3年目の頃、彼女がいる人を好きになって、どうしてもその人を欲しくて欲しくて、おかしなことをしていたことがある。彼女を大事にするその人の様子、惚気が好きだったはずなのに、私がその人に大事にされたいと思うようになってしまったんだ。それは品が無かったし、相手や相手の彼女にとっても言うまでもなく嫌な人だった。そして更に残念なことに、相手は魅力的なところもあったけど、嫌なところもたくさんあって、結局、その嫌なところにとっても傷付いて、私は彼とお別れをしたのだった。

 

 

そのときの私は、仕事も恋愛も一生懸命だったけど、頑張っていたけれど、美しいとは言えなかった。

 

 

私は、自分で美しいと胸をはれるような生き方をしたい。と思ってる。

 

 

 

そういう私は(そういう私、と特別なことのように書いてしまったけれど、そんなの私だけの思考じゃなくて、この世の大方の人の思考回路はそうなのだと思うけど、そう思いたいけど)、彼女がいる彼をを好きになって、その日に失恋することになったので、今とっても辛いのだ。

 

 

 

好きにならないように気を付けていたのに、とっても好きになってしまった。だってかっこ良かったんだもん。優しかったんだもん。ありがとうって思った。いろいろなことから守ってくれたんだもの。

 

 

 

私たち、あのあと一緒にいられたら、とても気持ち良かったと思う。でも、それはしないし、できない。

 

 

 

失恋をしました。でも、そういう判断ができる私は、あの頃の私よりも魅力的になれたんだ。そう思って、また頑張ります。

 

 

失恋をして、綺麗になるよ。

 

 

ユウキに会いたいな

 

今年の夏に、教え子が亡くなってしまった。

 

安らかな顔だったって。ねえ、死ぬときって痛かったり苦しかったりしないんだよね?それまですごく辛かったとしても、その瞬間は優しいものなんでしょ?

 

これは全人類にそうであってほしいという願望があって、そのせいでまことしやかに語られていることなんだろうか。

 

 

大病だったけど、なんやかんやで良くなって、ゆっくりゆっくり生きていってくれると思っていた。

 

 

コロナのせいで、そして彼の病気の関係で、お見舞いに行けなくなっていた。だからしばらく会ってなくて、そして、いつのまにかこの世からさらりといなくなっていた。気付かぬうちに。なんにも無かった、ユウキの声がするとか姿が見えるとかなにか感じるとかなんにも無く、知らないうちに死んじゃった。死んじゃったよ。ユウキが。

 

 

私はすごく大好きだったけど、ユウキにとって私が良い先生だったかどうか分からない。いや、良い先生だったとは言えない。自信がない。

 

 

 

 

お葬式に参列しようと思ったけど、体が動かなかったので行けなかった。疲れていた。そして、当日の朝、彼にもう一度会えるような気持ちで葬式の支度をしていたことに気付いてしまった。なんだか、最期にお別れを言えるような気がしてしまっていた。でももう話せないのだ。そう思ったらなんだか意気消沈してしまったのだった。

 

 

 

でも、骨になっちゃう前に、会っておいたら良かったな。それに、もし魂ってものがあって、もしそれがしばらくただよえるとしたら、私がお葬式に行ったら向こうとしては私が見えて嬉しかったかもしれない。私からは見えないけど。ていうか、ユウキが私のことを好きだったかどうかって、分からない。だから見えたとしても嬉しいかどうか。まあ、やめよう、こんなもしもの羅列。

 

 

 

ふと思い出すときがある。

なんとなく泣きたくなる、悲しさが込み上げてくる。今日は、会いたいなと思った。会いたいなと思ったら、会えないことがすごくつらくなった。会いたいのにもう会えないね。死ぬということは、もう会えないということだった。

 

 

ユウキ、自分が死んじゃったって分かってる?分からないうちに死んじゃったんじゃないかなあ。

 

 

 

会いたいなんて思ったら、会えないことがくっきり浮かび上がってくるから、そう思わないようにしていたんだ。でも、会いたいよ。ユウキ。

人生は巻き戻せない

 

お母さんが狂ったように怒ってた、あのときを思い出して疲れながら眠る。

 

眠って、起きてもまだお母さんは怒っていた。でも怒りながらも私を駅まで来るまで送ってくれた。

 

仕事が終わる前に、帰りたくないなぁとかこのままあの人を連れてどこかホテルへ行ってしまおうかとか出来もしないことをいろいろ考えた。時間を巻き戻したいな、と思った。お母さんが泣き叫ぶまで、私がYouTubeに気を取られるまで、お母さんが疲れ果てるまで、私がふざけるまで、それまでは、そこはとても平和な空間だった。

 

あーあ。

 

でも逃げるともっと事態は悪くなるのだ。時間、人生を巻き戻せない以上、立ち向かっていくしかない。というか、改善あるのみ。立ち止まってはいられない。

 

帰宅して、お母さんに感謝した。車で送ってってくれてありがとう。

 

 

あなたのせいで、不幸なんだよ

 

母から言われて相当驚いた。

 

私は母が不憫でならなくて、なんか、人の送迎とご飯作りで終わるっていうからかわいそうで、

 

でも、そんなにパンクする前に休むとかサボるとかしてほしいなとも思って、

 

そんな、そんなイライラされるより、ご飯なくたって送ってくれなくたってダラダラしてたって、笑顔でいてくれたほうが良いなと思っている。

 

私は幸せなのにな。

別に、ママがご飯作らなくたって送迎してくれなくたってこの幸せは変わらないと思う。

 

ママがかわいそうなのは、自分のお母さんのこととか、結婚した相手のこと(つまり私の父)とか、宗教みたいな友人のこととかで悩んでいるからだ。私はそこから母を救い出したいけれど、うまくいかない。

 

ふとしたときに「私がこんなに幸せなのにママばっかり不幸でかわいそうだね、と思った、けど、そう思うのも失礼だよね」と言ったら

 

「そうだよ。」と言うから、てっきり、母は不幸じゃないという話かと思ったら、

 

「あなたのせいで不幸なんだよ。」

 

というから、ガーーーーンとなってそこから

 

私は母の話す言葉を聞きたくないと思った。

 

 

 

母の言葉が嫌だ。「〜みたい」と母が嫌いな人に私を例えるところも、憎しみを私にぶつけるところも、ひとりでキャパオーバーになって周りに当たり散らすところも、全部嫌いだ。

 

 

 

あなた、私を生まなければ良かったのに。

そういえばあなた自身も、私が子供の頃、まだ未就学児の頃、私にそう言っていたね。

 

生まなければ幸せだったのに、

 

 

 

 

 

でも生まれたからには、私はなるべく幸せに生きるけど。

神さまはホントにいるのかもしれないよ

 

仕事帰り、バス停でバスを待っていたら、通りすがりのおじさんがわざわざ自転車を停めて話しかけてきた。

 

なんか話しかけている風だけど、私の方をじっと見ているけれど、距離が近いけれど、話す相手は私じゃなくても良さそう、誰かに話したいだけな感じ、普通に迷惑だった。

 

以前の私だったら相槌うってたけど、刺激しないようになんとなく首を動かして、そっちのほう見ないようにしてた。

 

人間ってすごいよね、みんな顔が違う。

 

という話から

 

生命の神秘

 

に話がうつって、

 

「ねえ、すごいでしょう。神様っているのかもしれないよ」

 

というもんだから、思わず顔を見てしまった。

 

おじさん。神様っているのかもしれないよ、と思いながら死ねたら良いだろうね。良かったね。

 

 

そこから話はコロナ、戦争の話、死ぬことへうつっていった。コロナの話になって、改めて、そのおじさんはマスクをしていなかったから、迷惑だなぁと思った。

 

 

戦争は絶対やっちゃいけない、と言っていた。それについては私も同感だったので頷いてあげた。

 

やれやれ、バスがもうすぐ来るかな、というところでおじさんは、じゃっ、またっと言って自転車に乗って去っていった。

 

 

 

 

これは良い話を聞けた、とか、おじさんがかわいかった、とかいう話じゃない。

 

 

 

 

おじさん、いきなり勝手に話しかけられても迷惑だよ。

 

 

 

 

お前ごときが考えてること、この私が聞きたいわけないだろ。迷惑を自覚しろ。

 

 

 

 

まじで迷惑だった。次からイヤホンする。話しかけられて、びっくりしてイヤホン外してあげちゃったのが悔しい。

 

 

 

テレパシーを信じるおじさん

 

テレパシーを信じるおじさんが来た。役所の、窓口ではなくて私たちが普通に座って仕事しているところに、余りにも自然に、しれっとやってくるもんだから、仕事で来た人かと思った。そしたら、ただの市民だったので驚いた。

 

「いやね、テレパシーって、役所で許可してるの?」

「テ、テレパシー?」

 

そのおじさんが考えているのは、この世にはテレパシーってものが存在していて、その力は悪用できちゃう。例えば、障害や病気で話せない人の考えを読み取るという良い(かどうかは知らないけど)使い方でテレパシーを使う人がいたとする。でも、その人がテレパシーを悪い方向で使うかもしれない。役所ではちゃんと管理できているの?

 

そういう感じの話だった。

 

私は、こういう人を見ると、悲しくなってしまう。堪らなくなって、かわいそうに思ってしまう。ああ、この人は、そういう世界で生きているんだ。あなたがそういうことを言っても、ここでは理解されないこと、笑われてしまうことすら分からないんだ。そう思うと苦しくなる。

 

 

 

でも、その人にとっては笑われることなんてどうでも良いんだろうな。というか、そういうところで生きてないんだろう。私の世界にいない人。入らない人。入れない人。入れてあげられない人。

 

 

 

もちろん私は、テレパシーを管理していない。