ほっぺたがおちる

 

「おいしかったよ。ほっぺたが落ちるくらい」

というから、あたしはびっくりして

「ほっぺたが落ちる?」

と繰り返した。

 

そしたら、ままが笑って

「そう。おいしいとほっぺたが落ちるんだよ」

とあたしに説明した。

どういうことか分からず、訝しんでいるあたしに、ぱぱが

「おいしいとほっぺたが落ちる、ほら、ままの顔やせてるでしょ?」

と続けると、あたしも、そんな気がして頷いた。そしたら、ぱぱとままがケラケラ笑った。

 

あたしは知りたくて、ほんとか嘘かどっち?!と思って、ぱぱとままが仲間であたしが仲間ハズレな感じがして嫌で、地団駄をふんで、泣いて、何度も聞いた。ほっぺたが落ちるの?どういうこと?ほんとうのこと?

 

 

 

 

あたしがままとぱぱからぐんぐん吸収してたころ。

ちっちゃいこの悪意

なんにも自分は悪くないのに、悪意をもらうこともある。そういうのに気付いたのは社会人になってからだけど、よくよく考えたら幼稚園の頃も、そういう意地悪を受けたことがあった。

 

 

 

東京の幼稚園から田舎の幼稚園に転入してからのことだった。

なんとなく私はうまくやっていたと思う。かわいい子に話しかけて仲良くなったり、みんなを集めて遊んだり、東京よりもルールが緩くて、というよりもルールがまったくなくて、なんにも考えてない子たちが多いなかで、自然と私はそこまで手がかからない幼稚園生になっていた。テレビの中の人たちが身近だった私にとって(だって、将来はみんなテレビに関係しながら生きていくんだと思ってたくらい。父親と母親もテレビ局勤務で、テレビを観てると『あ、ホラ、〇〇ちゃんのお母さん出てるよ〜』なんてママから声をかけられるのは日常茶飯事だったから。)田舎の幼稚園の子たちは芸能界のことはなんにも知らない子たちだった。例えば当時流行っていたKinKi Kidsについて、どっちが好き?と聞いて、その子がどっちのことも知らなくてびっくりしたりしていた。

 

 

 

そんな私は誰かを馬鹿にするとか、そういうことは身についていなかったはずだけど、もしかしたらそういう雰囲気があったのかもしれない。いま思うと。びっくりしていただけなんだけど、びっくりしている雰囲気が周りの子には伝わっていたのかも。そうなってくると、また前述した話とはちょっと違ってくるんだけど、そうやって私に起因する原因に思いを巡らせるのであれば、うん、私はその子の顔が好きではなくって、なんとなく、幼稚園生らしくない恐ろしくてかわいくない顔だと思っていた。失礼過ぎる。

幼稚園生って言葉がないぶん、雰囲気で感じ取る能力に長けていると仮定するのであれば、私がさきちゃんのことなんとなく嫌いだなって雰囲気を、さきちゃんも感じていたのかもしれない。

 

 

 

 


みんなで一斉に、先生の声かけとともに椅子を片付けよう!となったときに、ドンと後ろから押された。びっくりして振り返ったら、さきちゃんがいた。

 

 

 

みんなでホールに行くために並んでいるときに、背中をつねられた。振り向いたらさきちゃんがいた。

 

 

 

 


ん?????

 

 

 

 


全然意味がわからなかった。そして、私はさきちゃんがこわくなっちゃった。はじめての意地悪。だって私は家族にも東京のお友達にも、たくさんたくさん守られて生きてきたから。誰かに意地悪されるなんて考えたこともなくて、そう、まったく意味がわからなかった。

 

 

 

そういうことがあった直後、おどおどしている私をみて心配してくれた大好きな先生やままにも相談したけど、結局「そんなことされたの?あなたはなにもしてないんだよね?」「うん」「……なんでだろうね」といった形で終わってしまう。それはそうなるよね。だって、理由のない悪意って見つけるの難しいんだもん。なにかされたほうに原因があるのかも、と思っちゃう。理由が発見できるなら、少なくとも大人はちょっと楽だし。でもね、そういうわけじゃないことだって多い。思考回路は意地悪された「理由」に向きがちだけど、された側じゃなくて、する側に問題があることは意外にも多い。

 

 

 

 


さきちゃんから何か言われたことはなかったし、なんならほとんど一緒にいたこともなかったけど、たった2回の、偶然のような意地悪で私はさきちゃんがこわいなと思った。そう、もしかしたらさきちゃんは誰にでもそういうことをする系女子だったかもしれないのだ。でも、私はそんなこと知らないし、まぁ知っていたとしてもこわいことには変わりなく、私に攻撃する意地悪なさきちゃん、と思ってしまった。それで、幼稚園のパーティでドレスを着たとき、さきちゃんから何か言われたら嫌だなぁと思ったらこわくなっちゃって、ままにしつこく訴えてわざわざ一回家に帰って、ドレスを着替えてしまった。キラキラのスパンコールがついていてすっごくかわいいドレスだったんだけど、かわいすぎて目立って何か言われたら嫌だなと思ってしまった。自意識過剰だし、さきちゃんから言葉で意地悪言われたことなんてないのにね。でも、あの2つは、愛されてすくすく育ってきた私にそれくらいの衝撃をあたえたんだ。

 

 

 

 


あの頃の私に戻れたら、パーティのときはキラキラのスパンコールのドレスも着るし、友達のお母さんたちから褒められたらニコニコ手を振るし(当時はムッと顔をしかめてしまっていた、早く脱ぎたかったから)さきちゃんには「どうしてつねるの、どうして押したの」って聞く。もしかしたら、やりかえしても良いかもしれない。

 

 

 

そう。今だったらもう対応できるんだけどな。

ステキな幼稚園

 

素敵な幼稚園に通っていた。お受験をして、芸能人とか会社経営者とかお金持ちの人とか家柄が良い人とか、そういう人の子供たちが通うキラキラした世界に通ってた。

 

 

みんな優しくて、私が泣くといつも慰めてくれて、私は人気者だった。みんな良い子だからお世話する相手が私しかいなくて、いつも私の周りにはお姉ちゃんもお兄ちゃんも友達もたくさんいた。

 

 

いつ頃だったか、私はあのピカピカの中で問題児だったんだなと気付いた。いつもお気に入りの先生の腕は私のものだったし、ままがお迎えにきたときに髪の毛を切っていたときには泣いて嫌がってしまったし、ホームルームのときも泣いたら廊下に出されていた。廊下には椅子と絵本がたくさんあるから、よく分からないまま大好きな本を読んで、泣き止むとまた部屋に呼んでもらえるんだけど。部屋を出される意味も戻される意味もまったく分からなかった私は、友達が先生に言われて廊下に呼びにきてくれても、「ううん(まだ本読む)」なんて言って断ったりしてるような子だった。ああ、やれやれ。なんもわかってないんだから。

 

 

分からないことが多いなりに、それでも大きくなってみて考えると、あんなに愛されていて私は幸せだったなと思う。こだわりが強くて、不安もいつもたくさんあって、気になることがいくつもあって、分からないことが多くて大変だったけど。それにしても、むしろ、なんであんなにお友達のみんなはいろいろ、全部わかっていたんだろ。すごいなぁ

 

 

はないちもんめで、ひとりになっちゃう子が可哀想で一緒になってあげようとしたんたけど、それがうまく自分で言えなかったことがあった。そしたら友達が「優しいね。ひとりがかわいそうだからでしょ」って言ってくれたんだけど、私はどうして一緒になってあげたかったのか、自分では分からなかったから「ううん」って言っちゃったの。いま思うとその子が説明してくれたことは正しいのにね。

 

 

お姫様が出てくる絵本をひらいて、いっせーのせで一番好きな女の子を選ぶ遊び、あれを私はなかなか選べなくて、だって、選んだあとに気持ちが変わることもあって、そしたらいま選んだことが嘘ってことになっちゃうかもしれないと思ったからなんだけど、そしたら友達が「選ぶのかわいそうってことだよね、選ばれない子がかわいそうだよね。うん、やめよう」って言ってその遊びはおしまいになった。すごい。私は自分の気持ちの変化がこわかったんだけど(確証がないこと、嘘になることがこわい)、まぁそれを読み取ることは難しいとしても、私が言い淀んでいるところをちゃんと解釈しようとしてくれるその子のかしこさよ。

 

 

そんなかしこいおともだちたちとお塾にも行っていたのだけども、私が泣いたり話を聞かなかったりするもんだから塾の先生は私のことをおそらくとても嫌いだった。そういうのってそのときは言語化できなかったけれど、塾で先生からいろいろ言われると悲しくて恥ずかしかったし、先生が私のことを嫌いなんて信じたくなかったけど、まあ私も先生のことを好きじゃなかった。私が色ぬりを失敗したもの(指定した色を忘れて塗ってしまった)をパッとみんなの前にかかげて「こうしちゃいけませんよ」と言ったり。そしてみんなにアドバイスをする。ほら、こうならないように、支持された色を蓋の方に出しておきましょうね。素直な友人たちはそれに従う。すばらしい、お塾の子供たち。あの子たちに比べたら、私は全然素直なんかじゃない。

 

 

私はその塾でカンニングをして何度も怒られたけれど、どうしてカンニングをしたかって、なんにもわからなかったからです。そういう、責められたとき、聞かれたときに説明出来なかったのは、文字は頭に浮かんでくるけど、言ってどうにかなるのか分からなくて不安だったから言えなかった。思うことはたくさんあるのにぐるぐるして言葉に出来なかった。

 

 

カンニングがいけないなんて一度も耳に入らなかったから、もっとちゃんと言ってくれれば私は頑張れたかもしれないのに、と思う。見ちゃいけないなんて耳に入らなかったし、なにをすれば良いのかいまいち分からないまま問題が配られたから、近くの人を見て真似するしかなかったんだよ。どうやったらあの頃の私を助けてやれたんだろう、でも私は助けてなんて思ったことなかった。助けを呼ぶことも知らなかったし、でも、恵まれていないわけでもなく、ただ分からないことが多くて不安だった。

 

 

かしこいおともだちたちに、もう会うことはないと思う。寂しくも。いまだにあの素敵な空間を思い出すと、嬉しくなったり胸が苦しくなったりする。あのころの私はなんて愛されていたんだろう、あのころの私はなんて幼かったんだろう。

ちっちゃい頃

 

赤ちゃんのあたしをだいて、ままはあたしの頭のとこの、とくとく脈うってる薄〜い皮膚を見て、ここをだれか意地悪な人にぶすっと指をさされたらどうしよう、とぞぉっとしたらしい。すぐに死んじゃいそうなあたしがこわくて、この子をまもらなきゃと思ったって。

 

 

ちっちゃい頃、ままのお腹にいた頃の記憶ある?と聞かれたとき、脳内にうかんだ映像を答えたけれど想像力豊かなあたしの妄想だったような気がする。もう答えは分からない。

 

 

ちっちゃい子どもからちょっと成長した子ども、になってから、死んだあとの世界ってあるのかなぁとかあたしは生まれる前なんだったんだろとか、そういうことをままと話してたら、

「でも、あなたは教えてくれたけどね。ままが聞いたらままを選んで生まれてきたって言ってたよ」と言われた。ままが思い浮かべているシーンとあたしが思い出せるシーンが同じかどうか分からないけど、あたしが覚えているのは、ままに聞かれたとき、空のうえから指差して選んでいるところが思い浮かんで(あるいは、思い浮かべて)それを答えたってこと。もしかしたら、あたしの記憶が残ってないだけで、ままはもっとあたしが小さい頃に聞いたのかもしれない。それで、妄想でない、あたしの本物の記憶を聞いてくれたのかもしれない。

 

 

どっちでも良いけど、それが妄想だとしても、そのときのあたしはままが大好きだってことを伝えたかったんだな、っていまになってやっと分かった。あたしってば、まったくかわいいんだから。

 

 

汚部屋のなかの私

 

退職した。大学院に専念している。思い切ったね、と言われると、まぁねと思うけれど、まあもうどこでもやれる自信みたいなものはついたし、いっぱい考えて決めたから。

 

 

 

13連勤したあと円満に無事にあたたかい雰囲気のなか退職して、引っ越しやらなんやらでいろいろドタバタと3月は過ぎて、

 

 

いつのまにか4月も過ぎた。

 

 

4月はあっというま、と過ぎてみれば思うけれど、そのときはゆっくりゆっくり過ぎているような感覚だった。ああ、素晴らしい、この生活を大事にしようという気持ち。同時に、こんなに時間があって良いの?どう疲れば良いの?これだけの時間を全部自分で決めなきゃいけないなんて大変だな、予定のない日々の使い方を考えるのって難しいな。と思ったり。

料理も掃除も出来る、睡眠もとれる生活が始まった。ぶわわ〜っと目の前が明るくてストレスがなくて、自分で自分のことを決められる幸せを噛みしめる。かと思いきや、将来の不安、就活への不安が訪れる。ぐぅっと押し寄せる。不安定。急に生活が変わったから?不安定だったな、って思えるいまは5月だけれど、それでもいま安定してるとは思えない。だって、きたない話だけれど、下痢しててなかなか戻らない。なんでだろ。ゴールデンウィークでの食べ過ぎか、冷えか。生活の変化にやっと気付いて、体がびっくりしてるのか。

 

 

仕事も好き、だった。その気持ちに嘘はないけど、そういう風に言ってた自分は愛してあげたいけど、仕事をしている自分は好きだったか分からないなぁ。ただ、一生懸命だったと思う。なりふり構わず、責任と愛を持っていたと思う。でも、今日、朝にお風呂入って、支度に時間かけて、かわいい自分で家を出たとき、ああ大学生みたいって思ったけど、いや違う、こうやってちゃんと支度出来る生活に戻れたんだ、というよりも、むしろ洗濯だって掃除だって料理だってして、身だしなみもちゃんとして、自分の過去の仕事に誇りを持って、研究も就活もやってる、そんな私、大したもんだよ、って嬉しくなったんだ。こういう生活を続けていこう、と。

 

 

もちろん、キャパが広がったということでもあると思う。

仕事を通していろいろ学んだ。学んだことの1つ、やらないよりやっちゃうほうが精神的に楽、そして意外と出来ちゃうことも知ったからそれが生活にも生きている。家事にも研究にも。

 

 

大学時代、あんなに予定ぱんぱんで楽しくて、奇跡みたいに楽しかったけど、帰ると汚部屋のなかだった。就活で悩んでぶれぶれで、恋を追いかけたり授業さぼったり、そのくせなぜか時間がいつも足りなくて、その結果の汚部屋。仕事を経験した私から見ると、何をそんなに不器用にやってるの、就活ちゃんとやりなよって思う。家事も。でもそのときの私の優先順位や生活を尊重してあげたいとも思う。尊重なんて言葉似合わないか。遊んで悩んで予定におわれたり、スカイプやら電話やらで焦りや寂しさを誤魔化して、いろんな輝いてる人と会って話して繋がって、フェイスブックはキラキラ、ツイッターはピカピカ、でも、いるのは汚部屋だった。

 

 

そんな私、よく生きていたな。予定を自分だけで決められないからそういうことになっていたんだな。全部うまくやれる人、どうやって学んだの。でもね、でも、私はいつだって一生懸命で、大学は、仲間は、すっごい楽しくておもしろくて最高だったとも思うよ。そういえば、研究だって頑張った。いろんなのめり込み方があるけど、私も大学にのめりこんだんだな。サークル、ゼミ、飲み会とかのお遊び。

 

 

そんなこんなで、いろいろ体当たりで覚えていったもんで、いまの私は就活も家事も研究もよくやってる。

 

 

昨年度、仕事していたときは、意地で家事も研究も頑張っていたけれど、でも、疎かになることも多かった。料理なんて一回もしなかった。洗濯はどうにかペースをつくれていたから出来たけど、掃除が滞ってた。ものが少ないからなんとかやれた。でも、いまは、完璧くらい。ちょこちょこさぼりはするけど、汚部屋のなかになんてもちろんいない。

 

 

精神状態が安定していくように。この生活に慣れていけるように。続けられるように。この生活を守る。5月がどんどん過ぎていく。高校とか大学とか、過去を幻みたいに慈しむ気持ち。大学での日々をこんなに懐かしく思う日がくるなんて思っていなかった。さあ、はばたくぞ、といつだって、そういう気持ちだった。進級も卒業も、不安だってあるけどそんなの乗り越えられるくらい自信やわくわくや気持ちの支えなんかがあったから。

 

 

 

でも、いまは分かる。思う。数年たったらこの1年のこと、泣きたくなるくらい大切に思うだろう。しっかり味わってくれ。この愛おしい時間を大事にするんだ。

 

 

 

 

終わってほしくない時間がたくさんあるのは、幸せなことなんだろう。

 

 

 

ぱぱのかっこ悪さが許せない

 

ぱぱのかっこ悪さ、不器用さが悲しくて許せない。怒りを感じてしまう。彼のことを分かってしまう苦しさが怒りに変わる。

 

 

車の運転が下手だし、お金に対してがめつい感じ、感情的なところ、相手を否定するところ、何度言っても同じ間違いを繰り返すところ、話の理解が遅かったり検討違いだったり、相手を不快にさせる返答をしたり、いわゆる空気が読めないところ。そういうところが嫌過ぎる。

 

 

母は、父のそういう、他の人と違うところをおもしろいと思って、変わった個性を理解できると思って結婚したのかもしれない。

 

 

母が父と結婚した年齢の頃、私もなんだかへんな人に惹かれていたので。でも今思うと、お別れできて良かったなと思うような人たち。まあまあ、悪いところは忘れて、良い思い出だけとっておこうか…と思うような人たち。

 

 

私はぱぱとは真逆の人と結婚したい。ぱぱと私は家族だし、大事にしたいけれど、どうしても、どうしてもやはり相容れないので。我慢の連続でしかないので。

 

 

感情的でなくて、お金持ちで、車の運転がうまい人が良い。そして私のことを大切に、愛してくれる人が良い。お願いします。

 

 

 

ああ、このことを書き留めておいて良かった

 

と、いつか思う私のために書いている。

だって驚くほど忘れてしまう。私は記憶力がいいはずなのに。文字を読んで、これは私が書いたのかと驚くことすらある。

 

 

 

顧問をしている部活の送別会をやった。3年生は1人だけ。その1人のために、盛大にやった。後輩はたくさんいる部活なんだ。ジュースで乾杯して、お菓子食べて、にぎやかで、とても良い時間だった。

 

 

 

私も生徒みたいに楽しかった。

 

 

 

彼は1年の途中から入部してきて、なんだか危なっかしいやつだったくせに、いつのまにか立派になってしまった。

 

 

 

くよくよ悩んでることもあるくせに、そういうの見せなくなった。大人になっちまった。自分で解決しようとするようになった。それで、あなたも今週、卒業していくんだね。改めて寂しさを感じた。

 

 

 

最後の最後、「あなたも卒業しちゃうのか、寂しいよ。」と言った。送別会をやって初めて、本当に本当に、ああ、もう3年生なのか、と、やっと思えた。3年生ってこと、卒業するってこと、もちろん知ってたけど、実感すると一気に寂しくなった。

 

 

 

彼は「いやぁ、ここまでもちましたよ」ってニヤって笑った。

 

 

 

その言葉に全部含まれてた。うん、うん、あなたがいてくれて良かったよ、、って返した。あなたのこと、頼りにしてたよ。思い出を思うとやっぱり寂しくなってしまう。

 

 

 

いつになったらお別れに慣れるんだろう。慣れないまま、いつのまにか私もこの学校を卒業してしまうらしい。