ボールが無くなっちゃう話

 

小学校1,2年生の頃って、なんだかよく分からないことが多くていつも不安だった(人の話を聞いていなかったからなんだろうけど)。

そんな感じだったわりには、友達も多かったしなんだかスクールカースト上位のKちゃんと親友で、休み時間はすっごく楽しく過ごしてた。

 

Kちゃんとはしばらくして、というかだいぶたってから、私が社会人になってから再会した。Kちゃんは私とまた会えたことに感動している感じだったけれど、私はそんなに感動もびっくりもしなかった。だってKちゃんとは仲良かったから。私の持論として、仲良かった人とはまた会いたくなったときに会えるって思ってる。いまふと思い返して思うことは、私はすごく仕事が大変な時期(自覚無し)にKちゃんと再会したから、少なくともKちゃんにとってまた会いたいと思えるよーな人間じゃなかったのではないかということだ。仕事の話ばっかりしたんじゃないかな、あの頃の私のことだから……。

 

話を戻そう。私の小学校、低学年の子には1人1つ、学校のボールをもらえる仕組みがあった。3年生くらいになると学校に返却……というか次の1年生の代にまわされる。番号がふってあって、ひとりひとりまずは自分の番号を覚えて体育で使ったり休み時間に使って遊んだりする。自分のボール以外は触らない。それが約束だった。自分のボールで遊ぶこと、自分のボールを用意すること。鉄則だった。

 

昼休み、ボールで遊んでいないのに、ボールが無くなっていることがあった。あるいは上級生が泥だらけになったボールを教室に持ってきてくれることも。担任の先生は「も〜、お礼言いなさい」と言うんだけれど、私は全然意味が分からなくて「?????」って感じだった。「泥だらけだ、昼休みに遊んだの?」とか言われた気がする、それでよく分からないまま頷いた気がする……

 

戸惑ってた。だって泥だらけになるわけないし(使ってないから)、無くなっちゃうけど無くなるはずないから(しつこいようだけれど使ってないから)、ボールを探して、混乱して違う人のを使って(もしかしてこの番号だったかも?ってなってた)、ほかの人が「ボールがありません!」ってなったり。割とボールがありません!ってなる人は多かったし、例年そんな感じだったみたいで先生はあんまり気にもとめてない様子だったけれど(だから特別な問題にせず)、私にとっては事件でストレスだったから大変だった。不安でいっぱいのなか、一度だけ私のボールを持っている男子(悪いことどんどんしちゃうタイプの子)がボールを持ち出そうとしているのを見つけて止めて、それ私の!!って言ったことがある。それで取り戻したときの安心感。その安心感のせいでなにも考えていなかったけれど、よく考えたらその子が間違っていたにしてもなんにしても、なんて悪いヤツなんだと思う。あんなに幼い私をボールがない不安で苦しめるなんて……

 

しかもこれには後日談があって、その男の子とは3〜4年のときも同じ班でしかもちょっと仲良くなっちゃうんだけど、その男子が

「俺、1〜2年のとき、ボール、人のを勝手に使って、自分のは汚さないで、休み時間とかooと一緒にドロドロにするまで遊んで、休み時間終わったら蹴飛ばして、それで戻さずに帰ってた」

って言ってて。それ私のーーー!って叫んだ。無差別に取ってたらしく、他にも被害者はいるみたいだったけれど、そういうのって私だけじゃないからって癒されるものでもなく。でも、怒るよーな感じでもなくて、そういうことだったのかあと腑に落ちる?感じだった。

 

あの頃は理解できなかったけれど、そういう悪いこと、なんにも考えずにできちゃう子たちと一緒にいた。9年間。小学校から中学校まで公立で、わちゃわちゃの中で暮らしていたあの頃……かわいそうなことも楽しいこともたくさんあった敏感なあの頃……