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最高の思い出

 

 

一体何人の人が私の文章を読んでくれるのでしょうか?実は私の夢は、「ここで働くこと」「教員になること」以外にも幾つかありまして、その中の1つが「作家」になることなんですね。だからこうやって自分の書いた文章が冊子(文集)にまとめられて、たくさんの人に配られるというのはとても嬉しいことなのです。もちろん、私の文章はこの文集において主役ではありませんし、たったの1ページですが、そんなのは取るに足らないことです。誰かに読んでもらえるかもしれないと思うだけで、その可能性にわくわくします。

 

この文章を誰が読んでくれるかな?と考えたとき、何人かの顔が浮かびました。授業で一緒だったあの子たち、私にたくさん話しかけてくれたあの子たち、私をからかっていたあの子たち……は読まないかも、でももしかしたら縦割り清掃で一緒だったあの子たちは読んでくれるかも。あの子はきっと読んでくれる、あの子も意外と読んでくれる、あの子はどうだろう……?

 

そうやって読んでくれるであろう生徒たちを思うと同時に、あなたたちと過ごした日々を思い出にしていくことが出来ました。卒業していくあなたたちを見送るための準備。

 

私は実は昔からお別れというものに非常に弱く、何も準備せずにその日を迎えると寂しさに押しつぶされてしまうことは想像がつくので、だいたい最低でも3ヶ月前から気持ちをつくり始めます。周囲の友人がもうすぐ卒業だね、と話題に出す頃にはもう私はその話題に飽きているといった具合でした。周りが悲しみ、寂しがる中、私はちょっと安心しながら過ごしていました。周囲が感じている寂しさを私はずっと前から感じているわけで、私の中の感情のピークはもう過ぎています。周りが焦っているのを尻目に、ゆっくり計画的に卒業に向けて気持ちをつくっていたのです。それでもお別れのときには泣きますが。

 

さて、正直に言いますと、1年前の私はあなたたちとの卒業に備えるための時間が必要になるとは思っていませんでした。しかし、思い出を思い返しながら寂しいと感じる自分に気付きました。この文章を書いているいまは12月です。今からあなたたちの卒業に向けて、気持ちを落ち着かせていきます。

 

みなさんがいつか思い出を振り返るとき、私がその思い出の中に存在しているのだろうか?と思います。きっといないでしょう。でも、少しでも良い影響を与えられていることを願います。私という存在が思い出せなくても、良い影響が残っていたらこんなに嬉しいことは無いです。

 

思い出に頼りたくなったときには、いつでもこの文集に戻ってきてください。あるいは、ここに遊びに来てください。また会えたら素敵ですが、会えなくても良いです。だから、こちらのことは気にせず、卒業と同時に益々はっきりと見え始めるであろう目の前の道を、大切に進んでください。思い出に立ち止まることなく。

 

 

それでは、さようなら。