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私は母親みたいな人と結婚したい

 

私は、父親みたいな人とずっと過ごすことは出来ないと思う。父親としては感謝しているし、似ているなと思うこともある。しかし、父親のような人(頭が良くて少し発達障害がある感じの。人間的に、相手の感情を想像できなかったり先を計算できなかったり、そういう足りないところが多い人。失敗から学ばない、同じ失敗を繰り返す人)は好きではない。

 

勉強を教えてもらうことだって、カラオケだって、食事だって、会話だって、父親と一緒だと途端につまらなくなってしまう。父親は相手の気持ちを考えてくれないからだ。父親といると、傷付く。傷付いたり悲しくなったり腹が立ったりする。父親だから、と期待するところもある。そして、その期待にこたえてくれることもあるから、なお期待して裏切られたり。父親には良いところだってあるから(でも、良いところが無い人なんていないけれど)。

 

そんな父親でも、他の人から色々言われていたら、悲しくなってしまうだろう。その色々が的を射ていることだったとしても、私は父親の味方をしようとしてしまうかもしれない。

 

……いや、処世術とやらを教えようとしてしまうかもしれない、私から父親に。なぜなら彼は本当に本当に本当に、不器用だから。多分、色々言われたらそのまま黙ることなく言い返すのが彼だから。自分が間違っていても、責められることに我慢ならないのだ。責められるとすぐに言い訳してしまう、自分が悪いのに、少しでも反撃しようとする。それを見ていると私は苦しくなる。無理やりにでも自分を正当化して、相手を少しでも転ばせようとする、自分を守るために相手を少しでも傷つけようとする彼の人生を見ていると。なにより、彼はそのことに気付いていないのだ。自分が相手を傷付けたり不快にさせたりしていることに。だから彼の周囲には人がいなくなっていく。そういう彼を見ていると、胸が苦しい。彼は私の父親だから。

 

父親だから愛さなければと思ったり、一緒にいなければと思ったり、感謝しなければと思ったり、そういう苦しさ。苦しめられていた。

 

でもふと気付いた。私は父親に感謝もしているし、父親に対しても愛を持っているけれど、でも、彼が父親でなかったらとっくに愛想を尽かして離れている。自由に選択できる関係性だったら。なぜなら、ただ単純に、彼とは合わないから。彼に合う人間は寧ろ、少ない。彼自身の人生の話や彼を知る人からの話、そして彼の人生を見ていてそう思う。しかし、彼はそれに気付いていない。それで良いのかもしれない。

 

気付いていたら、彼は変わっていたかもしれない。気付いていたら、彼は自分自身を嫌いになって病んでいたかもしれない。気付いていたら、彼は誰か自分に関わる人間を幸せに出来ていたかもしれない。でも、気付けていない。気付いていないなら、それは幸せだ。彼自身は。だからあとは、彼に関わっていかなければいけない人間が、幸せを考えなければいけない。彼のことを考えるよりも先に。

 

私にもかつて、父親のような、そういう傲慢さがあった。でも歳を重ねるうちに、自分を客観視するようになった。反省の気持ちが出てきたり経験を生かそうとする気持ちが出てきたり、より良い自分になりたいという気持ちが出てきたり。反省したり後悔したり、前向きになったり根暗になったり、人間関係を考えたり、考え過ぎたり、自分の行動について考えたり、考え過ぎたり。色々な経験をして、幸せだったり悲しかったり辛かったり楽しかったり、そういう毎日を重ねて、父親から離れていった。似ている部分が薄れていった、と思う。たまに父親を見ていて「ああ、そういう気持ちを持つよね。そういうことあるよね」と思うこともある。分かることもある。でも、それはあくまで理解であって、共感ではない。

 

私は母親の血があったから、こういう人生を送れているんだろうと思う。母親が好きだ。私は母親のような男性と結婚したい。

 

父親が死んだとき、私は悲しくて悲しくて泣くと思う。そのとき、たくさんのことを感謝する。生前以上に。今までの父親との楽しい日々を思い出して、彼からの言葉を思い出して、彼が死んだことが寂しくて、泣く。苦しんだ思い出も美しい思い出になって、私を支えてくれるだろう。

ここまで考えて改めて、私には父親を大切に思う気持ちがあることを感じる。それは私を安心させる。

 

父親に対して怒りを感じたり腸が煮え繰り返ったり、死んでほしいと思ったり、そういうこともあるけれど、 彼は私の父親なのだ。彼は父親だ。私は彼を大切に思っている。