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どうして離婚しないの?


両親はよく口論していたと思うし、いまでも酷い口論をすることがある。私は聞いていると辛いし、母親がかわいそうだしで、うまく別居や離婚をしてみんなで幸せになれないものかな、とよく思っていた。

小学生だったか、もしくは中学生か高校生までは離婚なんて絶対に嫌だった。でも、いつのまにか、離婚しないかなぁそれでうまくいけないものかなぁと思うようになっていた。狭い世間だから近所の人の目が気になるのなら、私の家に来れば良い。いまどき離婚なんて気にすることじゃないんだから。

夫婦喧嘩を聞いていて何が辛いって、私はふたりの気持ちや辛さやすれ違いを、おそらくふたりよりも強く感じて、理解できてしまうからだ。だってふたりの子供だから、ふたりの別々な、全然方向性の違う意見や感情が、聞いていて両方分かるのだ。こんなに分かるのに、でも、私はかすがいになれない。

この間、彼らの酷い喧嘩のあとに母親に「離婚できると良いね。別居とか離婚とかして、うまくやっていけないものかな?」と言った。

そしたら母親に「心配してくれてるのは分かるよ、でもmaimaikaburichimにとって1番嬉しいのは、私たちが仲良くしていることじゃないの?家族って、そのために努力しようと、歩み寄ろうとするものでしょ?」と返されて、ガーンと衝撃をうけた。その考え方が、私には無かったのである…

こういう考え方で家族がつくられていくのか。ついでに、私の恋愛が続かなかった理由にも気付いた。お互いに歩み寄るって良いね、そういう風に思える人と付き合おう。

母親と父親が仲良かったエピソード、私や弟を交えた家族のあったか〜いエピソードを聞くと、涙が出てくる。良かったぁと思うのだ。安心するのだ。

最近だと、家の中で、母親と父親が家で歌ったり踊ったり楽しそうで、それが嬉しくて泣いた。でも彼らはその涙を笑いすぎたせいだと思ってる、おもしろがって泣いたと思ってる。「こんなにmaimaikaburichimが笑ってくれるとはねー♪」と言っていた。

ふたりが幸せそうだから嬉しくて泣いたなんて、ばれなくて良かった。




追記、これを書いたあとしばらくしてから、また両親が喧嘩を始めた。父親が死んでくれればすべて綺麗に解決できるんだけどな、と思ってしまうのでやはり、私はまだ、だめだ。

父親が死んでくれないかな。そしたら、なにも考えずに、良い人だったねと思えるのに。あの人を思って泣けるのに。死んでくれなんて思って悪かったな、と思えるのに。